13日の夜、ラドゥ・ルプーのピアノ・リサイタルに行ってきた。
21年ぶりに触れる実演。前半がシューベルトの即興曲集D.935と、フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」、後半がドビュッシーの前奏曲集第2巻全曲というプログラム。(アンコールは、ドビュッシー前奏曲集第1巻の「雪の上の歩み」とシューベルトの楽興の時第2曲。) 今回のツアーも佳境かと思われた頃に招聘元のサイトに不穏な情報が載り、実際に兵庫のリサイタルがキャンセルになる。ツアー最後の今回のオペラシティのリサイタルの決行が伝えられたのは前日だった。 当日… 曲目変更の知らせなどは出ておらず。ほぼ席が埋まっているように見えるホール、聴ける時に聴いておかねばという人が多かったのだろうか。暗く落とされた照明、正方形に並んで浮かび上がったその照明を見上げて待つ。 拍手を聞いて慌てて舞台に視線を移すとルプーが現れていた。 D.935の第1曲、気合を込めて始めたように聞こえたが、すぐに強弱及び速度のゆるやかな推移の音楽に移行する。ホールに音が馴染まない、音の立たない段階に対応した音楽と聞こえた。 全4曲が続けて演奏されたが、2曲目からは、たっぷりした湿潤な支えに冴え冴えとした高音が載った和音が驚くほどホールに浸透し始める。第3曲に至ってすばらしい音楽が聞こえてきた。曲集中一段低い印象の曲だったが、この日は違った。終盤の変奏に至って、速い渓流を眺めるように高音が煌くところ、その音の表情は最近のピアニストからは聴かれない生彩に富むもので、エトヴィン・フィッシャーとかシュナーベルといった往年の名手もかくやと思わせる。第4曲もほぼ、この好調が維持された。 フランクは初めて聴いたこともあり何ともいえない…。すばらしい響きは随所に聴かれた。 後半のドビュッシーは「ルプーのドビュッシー」だった。 最初の「霧」での文字通り靄がかかったような弱音を聴きながら、前回聴いた折にはこうした音をもっと多用していた(シューマンとブラームスで)のを思い出した。予想を超える強音の力強さもあり、音量のあまりのレンジの広さにとまどったものだ。当時は特にルプーのCDを愛聴していたので、何となく腑に落ちない思いも残ったものだった。 かなり遅いテンポのためか、感覚的に留まらず、思索的な「霧」。ただ、極端な弱音はこの曲以外はそれほど目立たなかった。シューベルト同様全曲が続けて演奏されたが、前半で集中しすぎたせいもあってか、曲の継ぎ目で客席がやや落ち着かない。全体の一貫した印象としてリズムの重さがあり、CDで聴いているいくつかの演奏(ルプーの録音は出ていない)とは違って聞こえる部分も多いことを感じつつ数曲が進む。 7曲目、「月夜の謁見のテラス」の終結部の響きが途方もなく美しい。それを引き継いでの「オンディーヌ」あたりが白眉だったか。数年前に同じホールで聴いたアンスネスの「オンディーヌ」とは全く違うが、感銘はさらに深い… 「交叉する三度」で、指の不調かと思わせる所があったが、「花火」まで弾き切った。 アンコールの「雪の上の歩み」がまた、めったにない体験だった。長い年月をかけて、木から落ちた枯れ葉が土になって堆積していく過程を音で経験しているような不思議な印象があった。再現ではなく、生成する音楽。たった数分の凝縮された時間… 過去の実演の印象のまま終わらず幸いだった。やはり、他に得難い個性を持ったピアニストだった。 行ってよかった。
by a-path
| 2012-11-17 14:54
| 音楽
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