演奏会は生き物

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 今週の月曜日、オペラシティ・コンサートホールでのピアニスト、レイフ・オーヴェ・アンスネスのリサイタルへ行った。

 前半と後半のそれぞれに、古典ないし初期ロマン派と近代の曲を組み合わせていた。
 ヤナーチェクの4曲からなる「霧の中で」は好演。民族的な香りは薄めのスタイルだが、得意な曲だということを窺わせる。エンジンがかからないはずの最初の曲目としては充分楽しめた。
 次のシューベルトのD.958、ハ短調のソナタはヤナーチェク同様彼のCDを聴いており、今回も期待していたが、ちょっと期待を裏切る出来。決してマニエリスムに陥らない、というのがCDでの印象だった。寸が詰まるというか、良く言えば前へ前へと進む推進力があるのはCDと同様だったが、単調に陥ってしまい、シューベルト的な響きの場を醸成出来ていないように感じられた。ミスも目立ったし、集中し切れていなかったようだ。
 この2人の作曲家を並べたのは、モラヴィア繋がりとか、音楽の運びの面で何か親近性を見ているのだろうか?ただ、もしそうだとしても、演奏によって聴き手に(何かの関連性を)意識させようというタイプではないだろう。聴き手の受け取り方に対して開かれているとは言えなくもない。

 休憩時間で気を取り直す。演奏会は生き物…
 後半の最初はドビュッシーの前奏曲集第1集、第2集からの5曲。「ヴィーノの門」と「西風の見たもの」を聴いて、彼のドビュッシーに一般化(無臭・無個性化)傾向を感じ、少し不安を覚える。ただ、音はホールに馴染んできている。 次の「ヒースの荒野」から状況が一変した。実に深い呼吸で抑揚豊かな見事な演奏。鳴っている音は静かになっているのだが。生彩に富む音楽に、ただ聴き惚れるのみ。次の「邪魔の入ったセレナード」は曲想もあって前曲ほどではなかったが、締めくくりに持ってきた「オンディーヌ」がまた凄かった。当代の人気ピアニストが本来の実力を発揮した音楽をここでやっと聴けた。とにかく、この3曲を聴いている間、時間の密度が全然違っていた。
 ベートーヴェン(月光の愛称のソナタ)には感興は覚えなかったが、シューベルトに比べれば落ち着いて聴けた。
 アンコールでのドビュッシー「アナカプリの丘」は普通。同じ曲集の中で得意とそうでもないものがはっきり出るのが面白い。最後のスカルラッティのK.492のソナタが良かった。どうしてスカルラッティという人の曲はあれほど現代的に響くのだろう。
 
 久々のピアノ・リサイタルは楽しめた。

                                           E-500=ZD25mmf2.8

[追記]
 今日、録画しておいたNHK BSハイヴィジョンの番組で、このリサイタルのシューベルト以外の曲目を再び視聴することができた。これだけ間を置いて再び聴けるとは思っていなかった。
 改めて聴くと「ヴィーノの門」と「西風のみたもの」は当日の印象よりもずっと良かった。現場で聴くよりも録音の方が良く聞こえるということもあのような大ホールではあり得る。ちょっと納得はいかないけれど。
 それにしてもヤナーチェクとドビュッシーの組み合わせは贅沢だったなあと改めて思った。(2009.12.19)
by a-path | 2008-11-01 09:47 | 音楽 | Comments(0)
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